せとうち七福神めぐり
しまなみ海道沿線の七福神のお福を授かりながら、お寺や神社をめぐってみませんか? 満願成就を目指してしまなみ海道を探訪しよう。
金剛院〔真言宗〕
西國寺 の傑僧・慶鑁(けいばん)の開基と伝えられています。 境内の裏には石で作られた三体の天狗の顔(重軽天狗)があり、これを願いをかけながら持ち上げ、軽く持ち上げることができると願いがかなうという言い伝えがあります。 ほかにもお堂の中には「カラス天狗」のお面もあります。
沖の観音
尾道市の東部、浦崎町の沖に浮かぶ観音堂です。 その昔、浦崎町が複数の島だった頃、このお堂のある島が「浦の崎」にある島ということから「浦崎島」と呼ばれており、今の町名の由来となりました。 普段は海の中にありますが、干潮になると歩いて渡ることができます。
林芙美子像
「海が見える 海が見えた 五年振りに見る尾道の海は懐かしい」の一節で有名な「放浪記」。 幼少時代尾道で過ごした 林芙美子 は、生涯この町を愛しました。 現在でも芙美子の命日にはこの像の前であじさいの献花や詩の朗読が行われます。 尾道の待ち合わせスポットとしても人気。
吉備津彦(一宮)神社
尾道では「一宮(いっきゅう)さん」として親しまれています。 11月3日に行われる「 尾道ベッチャー祭り 」は秋の尾道を代表するお祭。 「ベタ」「ソバ」「ショーキー」の3体の鬼が観客らを持っている棒でたたいたり突いたりしながら尾道市内を練り歩く奇祭で、尾道市無形民俗文化財に指定されています。
天寧寺〔曹洞宗〕
開山は普明国師と言われています。 境内山手には貞治6年(1367)に足利義詮が建立した国重文の塔婆(海雲塔)があり、この塔越しに見る風景は尾道を代表する風景としてたびたび登場します。なお現在は三重塔ですが、建築当時は五重塔であったと伝えられています。 またこのお寺の見どころとして外せない五百羅漢は全部で526体あり、それらは江戸時代の文化年間(1804~1824)から明治初期の約60年間をかけ寄進されたもの。どの顔も表情豊かで自分に似ている仏さまを見つけてみてはいかがでしょうか。 またこの五百羅漢の下は座禅堂になっていて、無料で座禅体験をすることができます。 春には見ごたえのある「しだれ桜」や「ボタン」が咲き誇る「花の寺」としても知られ、多くの花見客でにぎわいます。 「 尾道七佛めぐり 」のお寺のひとつにも数えられています。
大山神社
宝亀4(773)年、大三島の大山祗神社より分霊、創建されたと伝えられていて、因島最古の神社とされています。主祭神は大山積大神。 建築の神として、建築や造船関係者から信仰を集めているほか、境内に鎮座する「自転車神社」はしまなみ海道サイクリングの安全を願うサイクリストからも信仰を集めています。 そのほか全国的に珍しい耳を祀った「耳明(みみご)神社」があり、耳の病気の平癒祈願のほか、3月3日の耳の日に「耳祭り」が開催されます。 「せとうち七福神」の1番「だいこく」2番「えびす」も祀られており、大きな宝船が神社のシンボルになっています。
亀の首地蔵
生口島と高根(こうね)島との間の瀬戸田水道に建立されているお地蔵さんで、航海の安全を見守っています。 名前の由来は、昔この一帯で人を食べていた亀を退治した際、首が海に落ち、亀のような岩になったとの言い伝えによります。 潮が引くと地蔵の下に亀の形をした岩が現れます。 《亀の首地蔵伝説は「詳しく」参照》
古寺めぐりコース
全長約2km、徒歩で約3時間の石畳の小路です。 JR尾道駅そばの 持光寺 〜東は 海龍寺 までの沿線上には、旧尾道市内の主だったお寺や神社のほとんどが立地しています。 どこを切り取っても尾道らしい風景が続くこの小路を巡っていると、あの名作の主人公たちが見てきた風景に出会えるかもしれません。
金蓮寺〔曹洞宗〕
中世、瀬戸内で活躍した「村上水軍」の菩提寺です。 境内の墓所には村上家やその家臣の石塔がずらりと並ぶほか、明治維新の元勲 鴻雪爪(おおとりせっそう)の墓もあります。 また 因島八十八ヶ所霊場 第11番札所「藤井寺」があります。 境内から見上げると村上水軍の貴重な資料を収めた 因島水軍城 を見ることができます。
海龍寺〔真言宗〕
この寺は、鎌倉時代には浄土寺の曼荼羅堂と呼ばれていました。 正中2年(1347)に炎上後、直ちに再建され、寛文2年(1662)には現在の名に改められました。 山門を入った右側には江戸時代の人形浄瑠璃家「文楽」「竹本弥太夫」の墓があり、「お経の塚」に触れることで技芸が上達すると言われています。 「尾道七佛めぐり」のお寺のうちのひとつにも数えられています。
福善寺〔浄土真宗〕
天正元年(1573)行栄法印の開基と言われています。 長い参道を上ってゆくと、立派な彫刻が施された山門があります。 境内は中世の山城「丹花城」跡で、裏山の墓地には城主の親子の墓とされる「石造五輪塔(市重文)」があります。
熊箇原八幡神社
鎮座 仁和3(887)年。熊野大権現12神をはじめ多くの神々が祀られていて、因島の総氏神として崇められています。 境内にある立派な土俵では毎年10月に奉納相撲大会が行われ、島内の子供や大人の力士による熱戦が行われます。
- 文化・歴史
潮音山 向上寺
亀山八幡宮(久保八幡神社)
亀山八幡宮(久保八幡神社)は、貞観年間(859年~877年)の創建と伝えられています。 境内には尾道の石工が彫り上げた「軍配灯籠」と呼ばれる軍配が彫られた灯籠や狛犬、そして江戸時代の横綱陣幕久五郎の手形が入った石碑などが点在しています。 1月には「とんど祭」、秋には「わんぱく相撲大会」も開催されています。
妙宣寺〔日蓮宗〕
文和3年(1354)、大覚大僧正妙寛の開基と言われています。 本堂の裏手には肥後熊本藩主で熱心な日蓮宗徒でもあった加藤清正公を祀る「清正堂」が鎮座し、「清正公まつり」も営まれています。 きます。
岩子(いわし)島 厳島神社
建立年不明、岩子島西部の入り江に位置する厳島神社。境内一帯は砂浜になっており、波打ち際にはこの神社のシンボルの赤い大鳥居が建てられています。 夏には海水浴客でにぎわうほか、7月下旬には「岩子島厳島神社管弦祭」が営まれます。
善勝寺〔真言宗〕
天平時代(729〜749)、諸国に国分寺の建立された頃に開基されたと伝わっています。 元は禅宗でしたが、慶長年中(1596〜1615)に性意法師によって中興し真言宗に改宗しました。 本尊の聖観世音菩薩は「萩の観音」とよばれています。 また境内には四国八十八ヶ所御砂踏霊場があり、各霊場の砂が埋めてあります。
浄土寺
616年、聖徳太子の創建と伝えられており、「本堂」「多宝塔」は国宝、「山門」「阿弥陀堂」は国重文、境内一帯は国指定文化財に指定されていることから別名「国宝の寺」と呼ばれています。 このお寺は足利家とのゆかりが深く、足利尊氏が九州平定や湊川の戦の際に戦勝祈願をした寺としても有名です。 奥庭の京都伏見城から移築されたといわれる茶室 「露滴庵(国重文)」は当時の茶室を今に伝える重要な建物です。 また浄土寺山頂上の「奥の院( 浄土寺山展望台 )」から見下ろす雄大な尾道の風景は尾道を代表する風景のひとつになっています。
本因坊秀策の墓
碁聖、本因坊秀策のお墓です。お墓には碁石が供えられていて、現在でもファンのお参りが絶えません。 「 本因坊秀策囲碁記念館 」を見学した後、お参りしてみてはいかがでしょうか。
竜王山の石仏群
日比崎中学校の裏手にそびえる竜王山への急こう配を登ると無数の石仏群を見ることができます。 これは石鎚権現を祀ったもので、さまざまな表情をした石像たちが迎えてくれます。 また尾道出身の大林宣彦監督「さびしんぼう」のロケ地としても登場しました。
見性寺〔曹洞宗〕
曹洞宗天海山見性寺・大永7年(1527)大旦那田中右近により創建されました。本尊は薬師瑠璃如来。 境内には 因島八十八ヶ所霊場 6番札所「安楽寺」があります。
広島県史跡 大田貝塚
約5000年前、縄文時代の大規模な貝塚で、この遺跡からは貝殻などはもちろん、土器や石器などのほか74体以上の人骨も出土し、当時の生活様式を伺うことができます。 現在では公園として一般に公開されています。
因島八十八ヶ所霊場
因島島内には四国のお遍路を模した「島四国」が設けられています。この「島四国」には八十八ヶ所の霊場が設けられていて、すべて巡礼すると四国のお遍路を巡ったのと同じご利益があるとされています。 旧暦の3月21日を中心に多くの巡礼者がこの島を訪れ、礼状を巡っています。総延長約84km、すべて歩くと所要約3日間かかります。 《因島八十八ヶ所の起源は「備考」を参照下さい》
住吉神社(浦崎)
尾道の東部、浦崎町に鎮座する神社。 社伝では神功皇后が風浪の難を逃れるため浦崎町の磯間に避け、住吉大神を祀ったことにはじまるとされています。 また平安後期の大般若経1巻(市重要文化財)を所蔵しており、時代的な特色を良く伝えています。 10月第2週の土曜日になると、町内の神楽団により夜神楽が奉納され、夜更けまで多くの人々で賑わいます。
向上寺〔曹洞宗〕
室町初期建立の曹洞宗のお寺です。 潮音山の山頂にある国宝三重塔は、永享4年(1432)に建立されたもので、全体の高さは19mあります。 和様唐様の混合様式で内部全体にも極彩色が施され、室町初期で最も美しく優れているものの一つに数えられています。 日本画壇の巨匠 平山郁夫 画伯も幼少のころよく遊ばれたそうです。
旧出雲街道跡(銀山街道「宇根の古道」)
旧出雲街道は江戸時代初期に大久保長安により整備された道路で、世界遺産に登録された石見銀山から尾道への銀の輸送や、米の運搬など山陰と山陽とを結ぶ大動脈として機能しました。 幅は7尺(約2.1m)で1610年代に完成したと伝えられています。 現在ではその一部のみが現存しており、この「宇根の古道」もそのうちのひとつです。
対潮院〔臨済宗〕
1608年、臨済宗伍通寺派のお寺として開山。 対潮院はもともと 村上水軍 第2家老で小丸山城主、稲井勘解由の屋敷でした。 屋敷の周りは周囲を堀や海、山で囲まれた要害になっていましたが、現在は埋め立てられています。 本尊は如意輪観音で「瀬戸内三十三観音霊場」の第26番札所となっています。 また境内には「せとうち七福神」の第3番「べんてん」や 因島八十八ヶ所霊場 の52番札所「大山寺」もあります。
- 文化・歴史
浄土寺 多宝塔
法然寺(浄土宗)
慶長12年(1607)、一道上人開基。 境内入り口には春になると立派な一本桜が咲きます。 そして庭園には樹齢400年とも言われるツツジが地に根を下ろし、6月初旬になると枝いっぱいに花を付けます。
潮音山公園
瀬戸田町出身の日本画家 平山郁夫 画伯はここで幼少期によく絵を描いていました。 国宝の 向上寺 三重塔越しに見える穏やかな瀬戸内海や高根島、大三島、 耕三寺 なども眺めることができます。 道中は「案内地蔵」さんが道案内をしてくれます。
萩八幡神社
鎌倉時代の仁治2年(1241年)、千葉豊後入道直翁が東中倉八幡宮として建立後、萩八幡神社として文保元年(1317年)に再造後、室町時代の延徳2年(1490年)に再造されました。 天下泰平、五穀豊穣の神として崇められています。
本因坊秀策囲碁記念館
本因坊秀策(1829〜1862)は因島出身の囲碁の達人で、現在までに2人しかいない「碁聖(棋聖)」の一人に数えられています。 この記念館ではパネルや遺品などを通し秀策の足跡に触れられるほか、秀策が幼い頃を過ごした生家も復元されています。 記念館のそばには秀策ゆかりの石切神社や、墓のある「 地蔵院 」もあるので併せて見学してみてはいかがでしょうか。
大山寺〔真言宗〕
延久年間(1069~1074)頃の中興と言い伝えられており、 「尾道七佛めぐり」のお寺のひとつにも数えられています。 境内が隣接する 御袖天満宮 は、明治時代までは同じ境内に祀られていましたが、神仏分離により別々の寺社となりました。 また境内に祀られている「日限地蔵」は「その日に限り願いをかなえる」と信仰されており、受験や手術など大切な日を迎えた人たちが参拝に訪れています。 堂内には「重軽さん」と呼ばれるお地蔵さんも祀られており、心の中でお願い事をしながら軽くお地蔵さんを持ち上げられると願いが叶う、と伝えられています。 庭にある「五猿(ご縁)像」の石像も見どころのひとつです。
美可崎城址
三庄湾の南、 地蔵鼻 と呼ばれる岬の先端部に位置する場所にある城址です。 室町中期に因島村上水軍がここに築城し、沖合を行く船から通行料を徴収する拠点としていました。 現在では因島八十八か所の金剛福寺や東屋が建てられており、そこから水軍たちが見ていたであろう瀬戸の風景を楽しむことができます。
滝の観音堂
田園から一歩山へ踏み入れた場所にある観音堂。堂内には聖観音像・千手観音像が祀られ、安産祈願の参拝者の姿も。 観音堂の裏手には小さな滝があり、夏には隠れた避暑地としても人気。滝壺の周りに自生するシャガ(射干)が咲きほこります。
西郷寺〔時宗〕
鎌倉時代末期の正慶年間、遊行六代一鎮によって開かれたと伝えられています。当時は「西江寺」と称されていました。 本堂は文和2年(1353)に発願され、時宗最古式の本堂として貴重なものです。 堂内に「泣き龍天井」があり、手を打つと乾いた音が帰ってきます。 お寺の屋根のデザインは 尾道市立美術館のデザインにも受け継がれています。
光明寺〔浄土宗〕
承和年中(834~847)、慈覚大師円仁和尚の草創といわれている、京都東山の浄土宗西山禅林寺は総本山・永観堂禅林寺の一般寺院です。 元々は天台宗のお寺でしたが、1336年に足利尊氏の西下に従軍僧として同行した道宗が再建し、浄土宗に改宗しました。 室町時代には村上水軍の信仰を集め、1588年、豊臣秀吉の「海上鎮圧令」により武士を捨てた水軍たちが回漕問屋へと生業を変え、その後檀家となり寺を支えました。 現在でもお寺の墓地では船の形をした墓石を多く見ることができます。 またこの寺には尾道ゆかりの第12代横綱・陣幕久五郎の墓があり、彼を顕彰した手形付きの記念碑が残されています。 境内下には地面を這うように枝を伸ばした「蟠龍の松(尾道市天然記念物)」も見ごたえ抜群です。
善立寺〔浄土真宗〕
浄土真宗本願寺派に属します。 参道にはずらりと剪定された松並木が続きます。また境内に根を下ろす樹齢550年のイブキビャクシンがひときわ目を引きます。
西國寺〔真言宗〕
天平年中(729〜749)、行基菩薩創建と伝えられる真言宗醍醐派の大本山。 山門である仁王門には室町末期作の2体の仁王像が安置されており、その健脚にあやかり2mを超える巨大な草履が奉納されています。 その仁王門ほか金堂や足利六代将軍・義教の寄進と言われる三重塔など数多くの重要文化財を抱える尾道を代表するお寺のひとつです。 柴燈護摩(火渡り神事) や 節分会 など新春の訪れを告げる祭りや桜が咲くシーズンには、多く人でにぎわいます。 また裏手の西國寺山(摩尼山)には「摩尼山八十八ケ所」として道中に地蔵が安置されており、頂上付近のタンク岩からは尾道の眺望を楽しむこともできます。 「尾道七佛めぐり」のお寺のひとつにも数えられています。
蒲刈小早川氏五輪塔
柑きつ畑をしばらく進むとひっそりと石が積まれた場所があります。これは康永3年(1344)~応永年間(1394~1427)までの83年間に渡りこの地を支配した蒲刈小早川氏の墓と言われる五輪塔です。 この五輪塔のある一帯は小早川氏の居城、鶴ヶ峰一ノ城の屋敷跡で、城跡は徒歩で10分ほどの山中にあります。 五輪塔の横には子孫が建立した「蒲刈小早川先栄城」の碑が建立されています。
白滝山
標高227メートルの白滝山は、因島を代表するビュースポットです。 因島村上水軍6代当主村上吉充が観音堂を建立し、文政10年柏原伝六とその弟子たちによって造られた700体の石仏がところせましと並んでいます。頂上からの展望は素晴らしく、秋は紅葉を楽しむことができるほか、夕日のスポットとしても知られ、黄金に輝く瀬戸内海の景色を堪能できます。白滝山と除虫菊の風景は「日本の里100選」に選定されています。
正念寺〔時宗〕
時宗のお寺で、天正2年(1574)、遊行三十一代同念上人の開基と言われています。 全国的に珍しい半跏坐木造の「阿弥陀如来像」や等身大の「延命地蔵菩薩像」があります。 また境内には尾道随一の名水が湧く「延命井」があり、名水を求める人たちが訪れています。
大元神社
しまなみ海道新尾道大橋のたもとの 岩屋山 に建つ神社。昭和44年本殿落成。 本殿の裏からは尾道市街地を見渡せるスポットもあります。
長福寺〔曹洞宗〕
寛永2(1625)年、金蓮寺覚祐が土生町にあった長源寺の堂舎を移転し、長福寺と改め開山しました。 本尊は聖観世音菩薩。 寺の入口両側には大きな石像があり、境内には 因島八十八ヶ所霊場 第10番札所「切幡寺」があります。
艮神社(因島椋浦町)
中世にこの一帯を治めていた村上水軍の出陣の際、士気の高揚のために踊られた「法楽踊り」。 現在も毎年8月15日、この神社を起点として踊り継がれています。 境内には尾道市指定天然記念物に指定されているムクノキの巨木も見ることができます。
艮神社
806年に建立されたとされ、尾道旧市内で最古の神社と言われています。 境内に生えている楠は推定樹齢900年とも言われ、幹の周囲は約7m。尾道市の天然記念物にも指定されています。 この境内では映画「時をかける少女」や「ふたり」のロケが行われたのをはじめ、アニメ「かみちゅ!」の舞台としても登場しました。
御袖天満宮
学問の神様 菅原道真公を奉っています。 その昔、菅原道真が京より大宰府へ流される途中、尾道へ立ち寄りました。その際に民衆に親切にしてもらったお礼に着ている服の袖を渡されたことに由来するそうです。 受験生の信仰が厚く、受験シーズンには多くの受験生が訪れます。 また大林宜彦監督の映画「転校生」の階段落ちのシーンやアニメ「かみちゅ!」などにも登場、ロケ地めぐりの人気スポットにもなっています。
亀森八幡神社
宝亀元年(770年)、現在の向島・兼吉地区に山陽道巡察使 藤原百川豊前国宇佐宮の御分霊を勧請したことに由来する神社です。 1月14日に開催される「とんど祭」、10月第4金曜日に開催される「オハキ神事」は、尾道市無形民俗文化財に指定されています。 境内にある「除虫菊神社」は、除虫菊を日本に紹介し当地で栽培を奨励した大日本除虫菊(株)初代社長・上山英一郎が祀られており、毎年5月8日に例祭が執り行われます。
- 文化・歴史
未来心の丘
まるでギリシャのようと話題のSNS映えスポット。耕三寺博物館の中に位置し、広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園で、世界を舞台に活躍されている彫刻家、杭谷一東(くえたにいっとう)氏に依頼して制作された芸術作品です。
浄土寺〔真言宗〕
616年、聖徳太子の創建と伝えられており、「本堂」「多宝塔」は国宝、「山門」「阿弥陀堂」は国重文、境内一帯は国指定文化財に指定されていることから別名「国宝の寺」と呼ばれています。 このお寺は足利家とのゆかりが深く、足利尊氏が九州平定や湊川の戦の際に戦勝祈願をした寺としても有名です。 奥庭の京都伏見城から移築されたといわれる茶室 「露滴庵(国重文)」は当時の茶室を今に伝える重要な建物です。 また浄土寺山頂上の「奥の院( 浄土寺山展望台 )」から見下ろす雄大な尾道の風景は尾道を代表する風景のひとつになっています。
百島八幡神社
百島高台に18社合祀の土産神(うぶすながみ)として鎮座する神社。 この神社では嘉吉元年(1441年)に起こった嘉吉の乱に敗れた赤松一族7名が百島へ移り住み、その追手から身を守るために始まったと伝えられる「お弓神事」が現在まで伝えられています。 毎年1月中旬、島内3地区から選ばれた紋付き袴姿の男たちが的に向かって矢を射る風景は新春の風物詩となっています。
尊光寺〔浄土真宗〕
明暦3年(1657)浄泉寺祐綽の弟子、慶順の開基と伝えられています。 市内では珍しい現代建築のお寺です。
住吉神社
元文5年(1740)に尾道の町奉行に着任した平山角左衛門《名誉市民》は、翌年の寛保元年(1741)に住吉浜を築造し尾道発展の基礎を築きました。 その際、 浄土寺 境内にあった住吉神社をこの住吉浜に移して港の守護神としました。 毎年旧暦の6月28日前後の土曜日、平山奉行の功績を称えるため おのみち住吉花火まつり が開催され、尾道の夏の風物詩になっています。
宝土寺〔浄土宗〕
本堂前には、開山上人融海の墓と伝わる古い五輪塔があります。 また西の坊の墓地には、江戸時代に御所崎の沖に突出していた「浮御堂」の最後の住職・義順の墓があります。 そのほかお寺の窯「無尽窯」も作られています。
照源寺〔浄土真宗〕
備後真宗三大寺院の一つに数えられています。 寺のシンボルにもなっている鎌倉時代の等身大の涅槃像は、寄木造りで黒漆金箔、玉眼入りで写実を帯びていてふくよかな慈顔が印象的です。 涅槃像で彫刻のものは大変珍しいものです。 【現在移転工事中につき公開はしておりません(公開日未定)】
薬師寺〔真言宗〕
天保年中(1644〜)法印快遍の創建。本尊の薬師如来は秘仏で50年に一度公開されます。 境内には正和4年(1315)の銘が入った七重石塔婆や室町時代の板碑(共に市重文)があります。 また約5kmに渡り整備された「一日四国」と呼ばれる遍路道を巡ることもできます。
地蔵院〔曹洞宗〕
因島八十八ヶ所の第24番札所「最御崎寺」があります。またお寺の墓地には江戸時代に碁聖として活躍した本因坊秀策の墓があり、囲碁ファンのお参りが途絶えません。
烏須井八幡神社(栗原八幡神社)
この神社の名前はその昔、神社の井戸を掘る際、地下より石とも木とも見分けがつかない臼のようなものが3つ出てきたことに由来すると言われています。 また、一説には神功皇后の三韓出兵の際、烏が良水の湧く井戸を知らせたので烏須井と称したとも伝えられています。
済法寺〔曹洞宗〕
宝暦3年(1753)広島国奉寺11世笑堂の開基と言われています。 境内の山中の岩には釈迦や十六羅漢像など二十六尊者の石仏が刻まれています。 またこの寺の9世物外(もつがい)不遷は「柔術不遷流」の開祖で多くの弟子を抱え、晩年は幕末動乱の中、平和を願い奔走し旅中に果てました。武術の他にも多くの俳句や書画を残し「拳骨和尚」として親しまれています。
尾道の歴史をすべて見る(残り42件)
- 爽籟軒庭園
- 常称寺〔時宗〕
- 耕三寺博物館(耕三寺)
- 海福寺〔時宗〕
- 塚尻古墳
- 無量寺〔浄土真宗〕
- 因島水軍城
- 正授院〔浄土宗〕
- おのみち文学の館 『中村憲吉旧居』
- 成願寺〔曹洞宗〕
- 摩訶衍寺〔曹洞宗〕
- 耕三寺・耕三寺博物館
- 覚明神社
- 冠天神
- 山脇神社
- 青影山 [青陰城址](瀬戸内海国立公園・日本遺産)
- 千光寺公園
- 慈観寺〔時宗〕
- 菅公の腰掛け岩
- 久保亀山八幡神社
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- 持善院〔真言宗〕
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- 持光寺〔浄土宗〕
- 興福寺〔臨済宗〕
- 千光寺〔真言宗〕
- 雲雀城址
- 海徳寺〔時宗〕
- 小林和作旧居
- 善徳寺〔真言宗〕
- 艮神社(御調町大蔵)
- 海物園跡
- 向上寺 三重塔
- Azumi Setoda (yubune)
- 西提寺〔曹洞宗〕
- 光明坊〔真言宗〕
- 信行寺〔浄土宗〕
- 浄泉寺〔浄土真宗〕
- 尾道七佛めぐり
- 西国寺
- 密厳浄土寺〔真言宗〕
- 垂水天満宮