広島県の観光スポット
広島県は、世界遺産の原爆ドームや厳島神社を訪れることで歴史に触れられます。また、美しい自然が広がる尾道や瀬戸内海などでリラックスした時間を過ごせます。さらに、お好み焼きや牡蠣など地元グルメも楽しみの一つです。このように多彩な魅力が詰まった広島県へ是非足を運んでみてください!
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広島県のおすすめスポット
佛通寺
佛通寺は、応永4(1397)年、沼田高山城主の小早川春平が、名僧愚中周及禅師を迎えて開いた日本屈指の参禅道場として知られる臨済宗佛通寺派の大本山です。往時は京都五山上位の南禅寺と同格に遇され、山内に88ヶ寺・末寺は全国に3,000ヵ寺に及ぶという広大な規模を誇っていました。応仁の乱後、荒廃し数回の火災に遭遇、隆景の時代にやや再興するなど、幾多の興亡の歴史を経て今日に至っています。参道脇には、永徳院・肯心院・正法院の塔頭があり、紅葉の頃には特に美しい風情があります。イヌマキの大木の際の巨蟒(きょもう)橋を渡ると山門・法堂・本堂・庫裡等の建物があります。対岸のうっそうとした杉木立の石段を登ると、開山堂と国の重要文化財に指定されている地蔵堂があり、創建当時のたたずまいが偲ばれます。ここには、かつて雪舟が滞在したと伝えられる篩月庵の跡地もあり、また、流浪の俳人山頭火は「あけはなつや満山のみどり」の句を残しています。佛通寺山内は、自然環境に恵まれ、参拝参禅、歴史探訪など四季を通じて、多くの参拝者、観光客が訪れています。佛通寺一帯は、自然環境に恵まれ、参拝や座禅など四季を通じて好適地です。とくに紅葉時期の景観はすばらしく、県内屈指の紅葉の名所として多くの参拝者や観光客が訪れています。紅葉時期には、黄色、朱色、赤色など色とりどり見事に色づきます。
- museum
大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)
10分の1のスケールで再現した戦艦「大和」がシンボルで、大型資料展示室の零式艦上戦闘機や人間魚雷「回天」、潜水艦、戦闘機などは全て本物です。戦艦「大和」の建造プロセスなどを上映するシアターなどがあり、近代化の礎となった造船、製鋼を始めとした各種の「科学技術」を、先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介しています。4階の展望テラスからは、戦艦「大和」を建造したドック跡を見ることもでき、乗り物好きの男の子なら大喜びしそうですね。大和ミュージアムに隣接するカフェテリアでは、「海軍激闘カレー」も提供していますよ。//呉駅から徒歩で5分//クレアライン呉ICから車で5分//呉中央桟橋から徒歩で1分//西条ICから車で60分
千光寺
大同元年(806)、弘法大師の開基とされる真言宗のお寺。千光寺山の中腹に位置し、尾道を代表する観光地「 千光寺公園 」はこのお寺を中心に整備されています。 朱塗りの本堂「赤堂」や”残したい日本の音風景100選”に選定された「鐘楼」はこのお寺のシンボル的存在。初詣のスポットとしても知られ、例年多くの参拝客が訪れます。 また境内には様々な形の巨石群があり、中でもこのお寺のシンボルとなっている「玉の岩」は、その昔、岩の頂に光る玉があり、このあたり一帯を照らしていたとの言い伝えがあります。 そのことから尾道水道は別名「玉の浦」とも呼ばれています。 境内からの展望は尾道を代表する風景のひとつです。
白竜湖
多目的ダムによってできた湖昭和44年に完成した多目的ダム「椋梨ダム」によって出来た湖を白竜湖の愛称で親しまれる。名称は地域の椋梨川であった伝説から付けられる。白竜湖の上流周辺に広大な土地を利用したスポーツ施設があり、湖畔には「道の駅」やリゾートセンター等がある。
- experience
せらワイナリー(せら夢公園)
世羅町産のぶどう・ハニービーナスなどを原料としたせらワインを味わえるほか、見学通路を歩きながらワインが出来上がるまでの工程を楽しむことができます。
- culture
未来心の丘
まるでギリシャのようと話題のSNS映えスポット。耕三寺博物館の中に位置し、広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園で、世界を舞台に活躍されている彫刻家、杭谷一東(くえたにいっとう)氏に依頼して制作された芸術作品です。
極楽寺
この本堂は、江戸時代中期に建立された浄土宗の建物で、向拝を設けない簡素な造りであり、全体的に素朴な構成で統一されています。浄土宗の本堂は内陣を結界で仕切るのが一般的ですが、極楽寺本堂のように結界そのものが残っているのは、非常に少ないです。 また、背面屋根の錣葺(しころぶき)は広島県の近世寺社建築の特徴の1つです。日照山無量寿院極楽寺は、嘉禎3年(1237年)本郷町船木字川西の極楽谷へ、浄土宗第3祖良忠上人布教の際、阿弥陀仏を彫刻され開山されました。それから約350年後の三原城築城の時、糸碕神社裏糸崎谷に移築され、そして又、城下整備の一環として寛文年間(1661〜72)城主浅野家の家臣によって現在地に再度移されました。本尊 阿弥陀如来 良忠上人作 額 娯楽寺 学信和尚作 欄間 本堂内陣正面に、京都の彫刻師中村頼祐作の「龍と波に遊ぶ兎」のすばらしい欄間があります。立像 3メートル余りの銅像観音立像が境内にあります。 庭園はつつじでうめられた見事な庭 。墓 湯浅甚介の墓(本能寺の変の時、織田信長に加勢して討死した人。)三千余霊の無縁仏を祀った無縁如来塔や、文豪志賀直哉の「暗夜行路」のモデルのマツさんの墓などがあります。 石碑 仏教詩人坂村真民の「二度とない人生」などの石碑 本堂(広島県重要文化財)江戸時代中期の元文2年(1737年)に再建された桁行7間(13.53m)、梁行5間(13.12m)入母屋造本瓦ぶき(背面しころぶき)の本堂です。本堂正面入口や内部中央間近に透き堀の欄間、来迎柱上の組物など、装飾性が加えられているが、側廻りの柱頭に舟肘木を置き、向拝は設けず、全体に素朴な構成で統一されています。また、西日本の浄土宗の本堂では当山が唯一の例である結界そのものと格子の建具、両脇陣奥の位牌段下部の究めて珍しい形式の板戸、近世社寺建築の特質である錣葺(しころぶき)などがあります。浄土宗の近世遺構の完備した残存例がほとんどない中で、再建に当たってそれ以前の仏堂形式を忠実に継承されている点、日本の仏教建築史上注目されている遺構です。山門(市重要文化財)小早川家代々の居城であった高山城の裏門を移築したものと伝えられ、三原城築城の際、城下の町奉行所の門として使われてきました。その後、幕末には三原小学校の前身である亦楽舎(えきらくしゃ)の門として使用された後、明治11年、この地に移されたものです。桃山時代の作と言われ「獅子と牡丹」「鳳凰と桐花」の彫刻がほどこされている蟇股(かえるまた)のある切妻作り本瓦ぶき山門です。
三景園
里・山・海をモチーフとした築山池泉回遊式庭園広島県の代表的な景観でもある里・山・海をモチーフとした、築山池泉回遊式庭園です。三段の滝、数寄屋風水上建築の潮見亭など見どころも多く、また四季折々の花木の美しさで訪れる人を魅了します。庭園は三つのゾーンから出来ています。一つは自然林を生かした山のゾーンそこから高低差約14mの滝「三段の滝」。次いで、里のゾーンには、竹林、梅林、ため池(里の池)、もみじ谷を配し、山里をイメージしています。もう一つの海のゾーンは、大海と中島郡、橋、それに数寄屋風水上建築の庭園事務所(潮見亭)を配置され、宮島を連想した施設で、大海は瀬戸内海を表したものです。このことから名称は山・里・海の三つの風景にちなんで「三景園」と名付けられました。6月の「花まつり」、11月の「もみじまつり」が2大イベントです。
宗郷谷 里山の自然
里山の自然が残る宗郷谷現在の宗郷町の大部分は、江戸時代の中頃、田野浦新開として開拓されたところです。近年は宅地化が進み、水田が広がっていた当時の面影は少なくなりました。ここ宗郷谷は平家の落人が葉田(現在の登町・沖浦町)から下りて移り住み、銅の採掘で生活を始めた所と伝わり、里山の風景や歴史的な史跡が残されています。○里山の自然とは 里山は、原生の自然ではありません。日本列島で人が自然とかかわりながら数千年にわたり育て維持してきた自然です。今全滅が危惧されている生き物の多くがこのような里山に生息しているといわれています。1960年代、暮らしの燃料がマキからガス・石油へと変わるなかで、里山も忘れられてきました。大量生産・大量消費・大量廃棄により人類の生存を脅かすほど地球環境が悪化している今、かつて資源が循環的に利用されてきた里山の自然に学び、持続可能な地域づくりを進めましょう。遊歩道や遊歩道道沿いの植物は、宗郷みどり夢の回の皆さんによって整備・保護されています。植物の採取はできません。【注意】遊歩道は山道です。長袖・長ズボン・滑りにくい靴・帽子を着用し、ハチの安全対策のため黒い服装は避けましょう。「もうひとつの宗郷谷 〜鉱山道(白萩渓谷)」宗郷谷の西側に白萩川というきれいな川の流れるもうひとつの谷があります。ここはかつて鉱山(神武鉱山・瀧鶴鉱山)があった谷で銅や蛍石などを産出しました。1964年落盤事故で閉山しましたが、日露戦争の頃の採掘量は銅・蛍石とも年5万貫(187t)と記録されています。蛍石-ほたるいし- 化学式 CaF2 色は無職・緑・紫・ピンク色などで、ガラス光沢があり、紫外線を当てると蛍光をはっするものがある。熱に弱く炎にかざすと光り融けてしまう。鉄の精錬や光学ガラス、フッ素の原料などにひろく利用される。地質・・・宗郷付近の地質は熱変成作用を受けた古生層の花崗岩の上に残っているものです。ここの鉱床はグライゼンと呼ばれる高温型硬化作用をうけた蛍石せん長岩中にタングステンがあります。古生層のスカルン帯(火成岩と石灰岩の接触帯)には蛍石・ざくろ石・灰鉄輝石・透輝石、陽輝石・石英などがあり、鉱物の観察によいところです。
Tastemaker (Local Cycling & Walking Tours)
サイクリングガイドのピーターが尾道としまなみ海道が大好きでガイドになりました。レンタサイクルで尾道ぶらぶらしたりしまなみ海道走ったりします。どうぞ4時間や一日ツアーを。日本語の対応もできます。 Meet your American guide living in Onomichi. Peter is a long time resident of Japan and has really connected with the people, the small businesses, and the quirky atmoshere of this town. He'd love to share this all with you on a walking or cycling tour of the town and across the Shimanami Kaido cycling road. Tours will use rented bikes and go for a half (4 hours) or full day (8 hours). All skill levels are welcome.
筆影山・竜王山
瀬戸内海随一の多島美が見られる山三原駅に降り立ち、潮の香りのする南へ5分ほど歩くと、そこはもう三原港。まぶしい瀬戸内の青い海と干拓地の工場の向こうに明るい緑の山が見えます。この山が、標高311mの筆影山です。山名は、海に映ると山の形が筆の様に見えることから江戸時代後期の儒者・詩人であった頼山陽の命名であると言われています。その西に連なる竜王山とともに、この山並み一帯は地元では畑山(はたのやま)と呼ばれて親しまれてきました。筆影山頂下の駐車場からは一周が400mの園地となっていて、春には2000本のソメイヨシノが咲き、花見を楽しむ多くの市民でにぎわいます。竜王山から、南西に約1.5km行ったところにある荒神社の境内に胸高幹囲3.05m、根まわり3.47mの樹齢数百年と伝えられるエドヒガン(桜)の巨木がたっています。地元では、オトメザクラとかコゴメザクラと愛称されている薄いピンク色の花を咲かせるこの桜は、今では「登町のエドヒガン」として大切に守られています。エドヒガンとオオシマザクラを交配させたものがソメイヨシノです。筆影山山頂、竜王山の展望台から眺められる多島美は瀬戸内海随一と評され、1950年、瀬戸内海国立公園の一部に指定されました。筆影山の南西に位置し、テレビ塔のある山が竜王山です。標高は、445mで二等三角点があります。山頂付近は、いこいの森として整備され、桜の名所です。展望台からの眺めは実にすばらしく、晴れた日には四国山地が遠望でき、しまなみ海道の10橋のうち7つの橋を見ることができます。この地は、1185年に屋島の合戦で敗れた平家の家臣、秦四郎國重(はたしろうくにしげ)が開いたという伝承があり、三原市の北にある龍王山(665m)と区別し葉田竜王山とも呼ばれています。
竜王山の石仏群
日比崎中学校の裏手にそびえる竜王山への急こう配を登ると無数の石仏群を見ることができます。 これは石鎚権現を祀ったもので、さまざまな表情をした石像たちが迎えてくれます。 また尾道出身の大林宣彦監督「さびしんぼう」のロケ地としても登場しました。
モデルコース・特集
広島県のモデルコースや季節の見どころは特集記事で扱っています。広島県の特集記事を見る